この合唱団員にはドクターが2名います。その先生が投稿して下さった
名付けて「モツレク診察室」シリーズです。





第2号(2000年2月15日発行)


濱田栄一さん(テナー・内科医)「インフルエンザをやっつけろ」

   
インサルエンザが流行しています。今回はタイムリーな話題としてこれを取り上げたいと思います。

 風邪とインフルエンザはどう違うのでしょうか。風邪を引き起こすウイルスは200種類以上あり、インフルエンザウイルスもそのひとつです。ただインフルエンザは症状が重く、感染力が強い、いわゆる凶悪なヤツなので別扱いにしているのです。1918年のスペイン風邪のときは全人類の50%が感染し、2000万人が死亡しました。インフルエンザが流行を引き起こすのには、そのウイルスの抗原変異が関係しています。人間の体には免疫の機構があり、一度ウイルスに感染すると、そのウイルス抗原と呼ばれる部位をよく覚えておいて、それに対する抗体を作り出してウイルスが悪さできないようにすることが出来ます。ところがインフルエンザウイルスはその抗原の部位を毎年少しづつ、そして数十年に一度は大幅に変化させてしまうのです。顔を変え、うまく変装して免疫の網の目をくぐりぬける実に悪賢いウイルスです。現在でも、突然変異を起こしたより凶悪なウイルスがいつ発生してもおかしくない状況にあります。

 最近,世界のインフルエンザ流行の源が中国南部であることが分かり、国際協力による監視体制がこの地にしかれています。インフルエンザウイルスにはヒトに感染するもののほか、トリに感染するものもあります。トリのウイルスはトリの間で、ヒトのウイルスはヒトの間で流行します。ところがブタはトリ、ヒト両方のウイルスが感染することが出来ます。そしてブタの体内でトリ、ヒト両方のウイルスが交じり合い、新しいウイルスが生まれるのです。中国南部ではヒト、ブタ、アヒルが密集して生活しているところが多いのでこのような最新型のウイルスが生まれやすい環境にあります。最新型のウイルスは渡り鳥や旅行者によって世界中に運ばれて行きます。
 
 予防は、まず何と言ってもワクチンです。ワクチンは次期に発生しやすいであろうウイルスの型を予測して何種類か混合して作りますので大抵当たります。世界の先進各国では国の予算で老人、幼児,病弱な人などを中心に毎年盛んに接種が行われていますが、残念なことに日本では厚生省が熱心ではありません。以前起こったワクチンの副作用の事故をマスコミが鬼の首を取ったごとく騒いだためとも言われています。
 しかし医療従事者の立場からはワクチンは絶対に有効です。国民が積極的に受けるようになればやがて政府も重い腰を上げてくるでしょう。免疫の獲得に一ヶ月くらい要しますので出来れば十一月中に受けておいて下さい。その頃なら今回みたいに「ワクチンが足りない騒動」に翻弄される事もないはずです。小学生くらいまではあまり免疫がついていないので二回接種した方が良いのですが、大人は大抵過去に感染しているので一回の接種で充分免疫がつくと言われています。体が「そういえば昔、似たようなヤツに出会ったぞ」と憶えているのです。
 
 さて、不幸にしてかかってしまったら、つまりワクチンは打っていない、数日以内に周りに高熱の人がいた、そして自覚症状は高熱、咳、関節痛、となったら十中八、九間違いないでしょう。すぐ病院に行って下さい。発熱48時間以内(理想は24時間以内)ならばアマンタジン(商品名シンメトレル)という特効薬が間に合います(薬局で一般薬としての購入はできません)。一日二回の服用ですが、もらったらすぐ一錠飲んで下さい。有熱期間が半分以下に短縮され、後の辛さが全然違います。ただしこれには二つの欠点があります。ひとつはA型ウイルスにしか効かないこと、でも今期の流行はA香港型ですので問題ありません。もうひとつはウイルスに耐性が出来やすいことです。つまり、アマンタジンを飲んだ患者Aさんは、ウイルスが速やかに増殖が抑えられて楽になるのですが、そのウイルスには同時に耐性が出来るのでAさんから撒き散らされたウイルスに感染した周囲の人にはもうアマンタジンが効かないのです。また、高齢者などにはふらつき,食欲低下,不眠,集中力低下などの副作用が現れることもあります。このことを嫌ってアマンタジンを処方しないドクターも結構います。私もその口だったのですが、実は今月中にさらに優れた特効薬が発売になります。ザナミビル(商品名リレンザ)という薬で(これは錠剤でなく吸入薬です)、A型,B型の両方に効き、しかも耐性が出来ないのです。このニュースが入ったので、今期から私もアマンタジンをどんどん使うことにしました。ザナミビルが発売になればアマンタジンはもう過去の薬になるのですから。
 現在、アマンタジンを処方しているドクターは私の見たところ半分ぐらいです。あなたが行く病院で処方してもらえるかどうかは分かりません。そんなこと看板に書いていませんから。あらかじめ電話して「インフルエンザとのお薬があると聞いたのですが、そちらでは取り扱っておられますか?」と聞くのもひとつでしょう。患者さんも権利を主張する時代ですから一向に構わないと思います。ついでながらどういうわけか日本ではアマンタジンが使えるのは大人のみで、小児への保険適用が認められておりません。

 さて、インフルエンザに対する医療現場の現況はこんなところです。ワクチンを打たなかった方は、外出後のうがい,手洗いをこまめにして下さい。家の中の湿度を高めにし,睡眠不足やうたた寝など、ウイルスにつけこまれるようなことは避けましょう。そして「やられたかな?」と思ったら少しでも早く病院に行ってアマンタジン(発売後はザナミビル)を服用して、とにかく水分をたくさん摂ってひたすら寝ることです。今年の十二月,モツレク本番の頃はまた次のインフルエンザのシーズンが始まります。十一月中にワクチンをしっかり打って体調万全で本番を迎えたいものです。

(著者注)その後ザナミビルの発売は何故か見送られまてしまいました。来期のシーズンに間に合うかどうか、今のところ不明です。

 
              
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